2005年11月
2005年11月29日
SBI物語。26
雪が教えてくれた小さな気づき
この冬2度目の雪が今朝からシンシンと降っています。そのあまりの美しさに私は嬉しくなってシャベルをかつぎ子供のようにはしゃいで雪かきを始めました。新雪をひとかきサクッとすくい、そのフレッシュな白さの中で思わず、ハーッと大きく息をはくと、大道を歩いていく人の姿がすーっと飛び込んできました。
肩を落として、頭を下げ重い足取りで、雪の中を一足ごとに進んでいく姿。こんなにすがすがしい日なのに、まるで人類の苦悩を全部背負っているかのように見えます。どうしてこの人はいつもこんなに暗いんだろう?と言う想いが浮かんだ瞬間、”ああ、自分をこんなに責めて、、、”とその人のエネルギーがはっきりと感じられました。”彼女は自己嫌悪で固まってしまい、じぶんの美しさも他の人の美しさも全く見えないようになってしまっている。”
都会の喧騒を逃れて、この自然に囲まれた空間のなかに暮らしているのに、その人はまだ都会のちりやほこりをはらうどころか、自分の過去に閉じ込められている。一瞬のうちにその身体全体から伝わって来るエネルギーが私にこう知らせてきたのです。
シャスタは気が高いところで、お互いのエネルギーが手に取るようにわかります。そう感じる自分もよーくわかります。おもわず、心の中で叫びました。”自分をもう許してあげて!”後ろ姿の彼女にその声が聞こえたかよくわかりませんでしたが、”もう許されている”とどこからか聞こえてきたのです。
スゥーと私の肩からも力が抜けていき、シャベルをかかえたまま、たちすくんでいました。”ああ、私もまた許されている。”私も道を歩いている人も同じようにこの純白のエネルギーの中で、許され癒されている。いままで、数限りなくしてきた間違いがこの白の世界に溶けて消えてゆく。
あのアメリカ人の女のひとは、自分だったのかもしれない。自分でも気がつかない奥にひそんでいる根の深い自己嫌悪、こんな自分と思う自分、その姿を雪が私に見せてくれました。出会う人は、皆自分を写す鏡と言われます。軽くなった体を伸ばして、またザクッとひとすくい、ああ気持ちがいい!こころの垢が洗われれゆく、午後のシャスタでした。
この冬2度目の雪が今朝からシンシンと降っています。そのあまりの美しさに私は嬉しくなってシャベルをかつぎ子供のようにはしゃいで雪かきを始めました。新雪をひとかきサクッとすくい、そのフレッシュな白さの中で思わず、ハーッと大きく息をはくと、大道を歩いていく人の姿がすーっと飛び込んできました。
肩を落として、頭を下げ重い足取りで、雪の中を一足ごとに進んでいく姿。こんなにすがすがしい日なのに、まるで人類の苦悩を全部背負っているかのように見えます。どうしてこの人はいつもこんなに暗いんだろう?と言う想いが浮かんだ瞬間、”ああ、自分をこんなに責めて、、、”とその人のエネルギーがはっきりと感じられました。”彼女は自己嫌悪で固まってしまい、じぶんの美しさも他の人の美しさも全く見えないようになってしまっている。”
都会の喧騒を逃れて、この自然に囲まれた空間のなかに暮らしているのに、その人はまだ都会のちりやほこりをはらうどころか、自分の過去に閉じ込められている。一瞬のうちにその身体全体から伝わって来るエネルギーが私にこう知らせてきたのです。
シャスタは気が高いところで、お互いのエネルギーが手に取るようにわかります。そう感じる自分もよーくわかります。おもわず、心の中で叫びました。”自分をもう許してあげて!”後ろ姿の彼女にその声が聞こえたかよくわかりませんでしたが、”もう許されている”とどこからか聞こえてきたのです。
スゥーと私の肩からも力が抜けていき、シャベルをかかえたまま、たちすくんでいました。”ああ、私もまた許されている。”私も道を歩いている人も同じようにこの純白のエネルギーの中で、許され癒されている。いままで、数限りなくしてきた間違いがこの白の世界に溶けて消えてゆく。
あのアメリカ人の女のひとは、自分だったのかもしれない。自分でも気がつかない奥にひそんでいる根の深い自己嫌悪、こんな自分と思う自分、その姿を雪が私に見せてくれました。出会う人は、皆自分を写す鏡と言われます。軽くなった体を伸ばして、またザクッとひとすくい、ああ気持ちがいい!こころの垢が洗われれゆく、午後のシャスタでした。
