2008年07月
2008年07月30日
シャスタのメディスンマン

長い黒髪を首の後ろで束ね、黒い皮のベストに、ブルージーンズ
オートバイに乗り、風をきって颯爽とやってきたウォーキング・イーグル氏の姿は、私の脳裏にくっきり焼きついています。
その時から7年が経ち、漆黒の髪はシルバーに、人を引き付ける鋭い目は、翁のようなやわらかな微笑みをたたえるようになりました。
スエット・ロッジの儀式でしかお会いしない氏ですが、私はその間、じっと彼の後ろ姿を眺めていました。
神聖な儀式中、声をからげていい加減な態度をとる人々を怒り、自分の仲間ですら、理解してくれない!と悲しげに叫ぶこともある、、
自分の家族や友人のことばかり祈る、、なんていう酷評もある中、私は、彼の大地のような誠実さと純粋な魂に心から敬意を捧げてきました。
30年間、雨の日も、雪の日も、旱魃の暑さの中でも、氏は、氏を慕い彼と共に儀式を司る十数人のボランティア達とともに、黙々と週1回の定期的なスエット・ロッジセレモニーをされてこられています。
だれでも入れる、予約のない儀式、それがどんなに大変で、ホネの折れることなのか、、
自分達だけの身内だけでもいいはずなのに、儀式がどんな意味をもつのか、皆目分からない人々を受け入れ、参加者全員の魂を抱き締める、、
その氏の大きな、とてつもないほどの人々に対する愛、自然に対する畏敬、
「シャスタには聖人も偉人もいない!」と私は、常々思っています。
そう、ウォーキング・イーグル氏は、フツーの人、胸いっぱいの悲しみも苦しみもかみしめ、抱きかかえ、そして、それでも、人々を愛し抜こうとしている、、
ボロボロの自分をかかえながら、その中から這い上がり、ただひたすら、祈る、、
その祈りは、個人的なものでもあり、また普遍的な宇宙に対してもささげられる、、
なんでも受け入れ、生身の人間としての自分をさらけ出すシャスタのメディスンマン
だからこそ、参加者一人一人のハートにドーンとダイナマイトのような迫力のある愛を投げつけてくる、、
氏の微笑みのなかに、多くの悲しみの涙があったこと、、
私は決して見過ごす事が出来ない隠れていた慈悲に触れています。
シャスタがどんな人間を生みだしているのか、彼を通して垣間見ているような気がしています。
