2009年07月
2009年07月30日
シャスタ・デイジー、その神秘的背景、3
「白は白さ」デイジーの花を見ながら、庭師達はそう言うだけ、でも、バーバンクはどうしても納得がいかない、、
ある日、サンフランシスコからアーティストがやってきました。その人物は、庭中に咲き散らばっているデイジーを眺めながら、特定の花を示しました。「あの辺りの花がもっと白い!」
それは彼をとても喜ばせました。自分と同意見の人がいたのです。同じ花の中にも色のちがいがある!
ディジーは当時、農家の人々にとっては面倒な雑草のようなもの、その小さな白は誰の目にもとまらない。でも、彼はそのわずかな差に気がつき、それを選抜し、改良してもっと純度の濃い白を求めていました。
クリスタルのような白、彼の理想は高かった、そしてそれができるまであきらめなかった。
オックスデイジーという種類の花をフランスギクと掛け合わせ、根気よく何年も交配や研究調査を続けました。
色に掛ける情熱と共に、オリジナルの小さな花をより大きく、1〜2ヵ月早く咲き始め、長い期間花を咲かせ続けられる種類へと彼は品種改良を進めていきました。しかも、地球中のあらゆる気候でも、十分育成できるような花にしようと。
掛け合わせる種にこだわり、彼はドイツの農家からわざわざよりいい品種を輸入して、自分の理想の花を生み出そうとしていた努力があったそうです。
こんな風に簡潔にそのプロセスを書けるほど、彼の苦労は単純なものではなく、私は毎日どのような作業が行なわれていたのか、詳細はわかりません。ただ、気の遠くなるような地道な仕事が背景に横たわっていました。
ところが、彼が求める純度の白さがでてこない、
そして、彼はアジアの白い菊に目を向けました。それが日本のハマギクという種類でした。その結果、彼は理想を完成させたのです。15年という長い年月を掛け、ついに出来上がった「気品ある美しさ」
そして、その花を「シャスタ・デイジー」と名づけられました。
霊峰、シャスタ山の頂にあるその白さにちなんで、、
私は8年間、このシャスタの地に住みながら、今年の夏、初めてシャスタデイジーの花の神秘に触れました。バーバンク氏の思いいれには脱帽以外なにものもありません。
決して妥協しなかった白さへのこだわりに、熱いものがこみ上げてきます。
日本の菊が加わることで完成されたという事実に、何故かとても魅かれています。
シャスタデイジーの花は西と東の統合の象徴、そう私には映ります。
より高貴な白をめざして、今を生きている私達が次にすることはなんなのかしら、?
そんな疑問が浮かんできています。
