2017年11月
2017年11月29日
母と過ごした6週間、1
9月末、日本に住む弟から、連絡がはいりました
母の余命がいくばくもない、
今度の帰省が母とあう最後になるであろう、
インの仕事の引継ぎもままならぬまま、あたふたとシャスタを発ちました
沢山の人々の好意で、当分、宿の運営もなんとかなりそうな状態だったのですが、
帰ってくる日がわからない、
みんなこんな私をしっかりと受け止めてくれました
大丈夫、いってらっしゃい!
この秋、なにかが起きるという予感は、このことだったのか、
そう感じていました

母との最後の時間をたいせつに過ごしたい、
その想いが、長年親不孝している海外に住む娘としての本音でした
病床の母とどんな日々を送るのか、
きっと宇宙は、なにかヒントをくれるだろう、、
すばらしいことが起きるだろう、
観音様の臨在を感じながら、

自宅の介護ベッドに横たわる母
その姿は、私の胸を悲しみでしめつけました
高齢なので、もうなにも治療はできない、ということでした
それなのに、私は、どこかで、喜びを感じていました
母と過ごす時間を楽しいものにしたい、
きっとできる、
なにかが起こる、、

母の余命がいくばくもない、
今度の帰省が母とあう最後になるであろう、
インの仕事の引継ぎもままならぬまま、あたふたとシャスタを発ちました
沢山の人々の好意で、当分、宿の運営もなんとかなりそうな状態だったのですが、
帰ってくる日がわからない、
みんなこんな私をしっかりと受け止めてくれました
大丈夫、いってらっしゃい!
この秋、なにかが起きるという予感は、このことだったのか、
そう感じていました

母との最後の時間をたいせつに過ごしたい、
その想いが、長年親不孝している海外に住む娘としての本音でした
病床の母とどんな日々を送るのか、
きっと宇宙は、なにかヒントをくれるだろう、、
すばらしいことが起きるだろう、
観音様の臨在を感じながら、

自宅の介護ベッドに横たわる母
その姿は、私の胸を悲しみでしめつけました
高齢なので、もうなにも治療はできない、ということでした
それなのに、私は、どこかで、喜びを感じていました
母と過ごす時間を楽しいものにしたい、
きっとできる、
なにかが起こる、、

stoneybrookinn at 11:47|Permalink│Comments(0)│
