2026年07月15日
オムレツがおいしい理由は?
ブルーの空にそびえたつ夏のシャスタ山、
爽やかな雄姿が美しい!

多くの旅人が訪れる夏のシーズンには、いろいろな出来事に出会います。
朝ごはんをサーブした後、アメリカ人男性ゲストが、私に声をかけてきました。
「あんなにおいしいオムレツは人生で初めてだ!」
「あなたがハッピーだから、オムレツがおいしいのよ!」
わたしは、彼に応えました。

シャスタマジックが起きた!
わたしは心のなかで、そう叫んでいました。
長い闇の中を歩いて、やっと光が見え始めていたら、たとえその光は小さくても、まぶしく感じます!

昨年、そのゲストは、ある問題をかかえ、暗やみのなかで、出口を必死にさがしていました。
ところが、ある日、彼は解決策をさがすのをやめて、じっとその闇を見つめていました。
「ああ、もう、大丈夫!」わたしは、遠くからその姿をそっと見ていました。
逃げ道をさがすのは、物事にたいして、私たちのエネルギーが後ろ向きになります。
でも、前を向いて、その闇に直面したら、なにもしないのに、前向きの姿勢になっています。
なにもしないでも、逃げなければ、光へとむかうしかない、、
すると、光がまばゆく差し込んできます

だれだって、暗がりよりは明るい光のほうを向いていたい、
ところが、あせって、闇のなかをぐるぐるとと歩きまわり、堂々巡りをしてしまいます
ちょうど、犬が自分のしっぽを追いかけて動きまわるように、
その動きのなかでは、どんなに速くまわっても、幾度まわりつづけても、どこへもたどりつけない、、
そんな時、まず、立ち止まって、その行き場のない焦った気持ちを落ち着かせます
じっとして、こころと体を静かにすると、光へと背中を押されていきます。

シャスタ山から流れてくる愛のエネルギーは、やさしく私たちを包み込んでくれます
闇の中にいれば、ほらっと、光の方へ手を差し伸べ、
光の中にいて、こんな状態だと、いつかまた、闇に出会うかもと心配しはじめると、
どちらにいても、大丈夫!とほほえんで見守ってくれます
シャスタ山には、シャスタとシャスティーナという2つのピークがあります。
仲良く、肩を抱き合って、微笑んでいるときもあれば、
お互い、自分を主張して、肩がふれあわないようにするときもあります。
でも、ひとつの山だから、けんかしても、いつも一緒
ちょうど、闇と光のように、、

ブレックファーストのオムレツがおいしかったのは、作ったわたしたちの腕がいいのではなく、それを食べた人がいっぱい光を浴びていらしたからです。
あんなまずい朝ごはんなんて食べられない!と怒鳴ってくるゲストがいないのは、みなさん、シャスタ山からの愛の光を感じて、ハッピーな気分になっていられるからです。
オムレツの味は、食べる人の気分次第、
闇のなかにいたら、どんなものをたべても、おいしくない、
その代わり、光のなかにいたら、どんなものをたべてもおいしい、
おいしいご飯をつくりたい、と思うわたしたち
そんなわたしたちに光を送りつづけているのは、シャスタ山です。
闇のなかで、朝ごはんをつくならいように、わたしたちは、氣をつけています
だって、ここでは、自分の気持ちが、そのまま作るものにでてしまうから、
おいしい朝ごはん作りは、なにがあっても大丈夫!というお山からの声をきける、ありがたい機会となっています。
闇がこわいとちじこまってしまう
光のなかに長くいられない、と未来を心配している方がいたら、どうぞ、シャスタ山へいらしてください。
なんでも、OK, 大丈夫、そんな声が聞こえてくるところです。
コスモス 宇宙は、壮大な闇のなかに、星たちは、光っていませんか?

爽やかな雄姿が美しい!

多くの旅人が訪れる夏のシーズンには、いろいろな出来事に出会います。
朝ごはんをサーブした後、アメリカ人男性ゲストが、私に声をかけてきました。
「あんなにおいしいオムレツは人生で初めてだ!」
「あなたがハッピーだから、オムレツがおいしいのよ!」
わたしは、彼に応えました。

シャスタマジックが起きた!
わたしは心のなかで、そう叫んでいました。
長い闇の中を歩いて、やっと光が見え始めていたら、たとえその光は小さくても、まぶしく感じます!

昨年、そのゲストは、ある問題をかかえ、暗やみのなかで、出口を必死にさがしていました。
ところが、ある日、彼は解決策をさがすのをやめて、じっとその闇を見つめていました。
「ああ、もう、大丈夫!」わたしは、遠くからその姿をそっと見ていました。
逃げ道をさがすのは、物事にたいして、私たちのエネルギーが後ろ向きになります。
でも、前を向いて、その闇に直面したら、なにもしないのに、前向きの姿勢になっています。
なにもしないでも、逃げなければ、光へとむかうしかない、、
すると、光がまばゆく差し込んできます

だれだって、暗がりよりは明るい光のほうを向いていたい、
ところが、あせって、闇のなかをぐるぐるとと歩きまわり、堂々巡りをしてしまいます
ちょうど、犬が自分のしっぽを追いかけて動きまわるように、
その動きのなかでは、どんなに速くまわっても、幾度まわりつづけても、どこへもたどりつけない、、
そんな時、まず、立ち止まって、その行き場のない焦った気持ちを落ち着かせます
じっとして、こころと体を静かにすると、光へと背中を押されていきます。

シャスタ山から流れてくる愛のエネルギーは、やさしく私たちを包み込んでくれます
闇の中にいれば、ほらっと、光の方へ手を差し伸べ、
光の中にいて、こんな状態だと、いつかまた、闇に出会うかもと心配しはじめると、
どちらにいても、大丈夫!とほほえんで見守ってくれます
シャスタ山には、シャスタとシャスティーナという2つのピークがあります。
仲良く、肩を抱き合って、微笑んでいるときもあれば、
お互い、自分を主張して、肩がふれあわないようにするときもあります。
でも、ひとつの山だから、けんかしても、いつも一緒
ちょうど、闇と光のように、、

ブレックファーストのオムレツがおいしかったのは、作ったわたしたちの腕がいいのではなく、それを食べた人がいっぱい光を浴びていらしたからです。
あんなまずい朝ごはんなんて食べられない!と怒鳴ってくるゲストがいないのは、みなさん、シャスタ山からの愛の光を感じて、ハッピーな気分になっていられるからです。
オムレツの味は、食べる人の気分次第、
闇のなかにいたら、どんなものをたべても、おいしくない、
その代わり、光のなかにいたら、どんなものをたべてもおいしい、
おいしいご飯をつくりたい、と思うわたしたち
そんなわたしたちに光を送りつづけているのは、シャスタ山です。
闇のなかで、朝ごはんをつくならいように、わたしたちは、氣をつけています
だって、ここでは、自分の気持ちが、そのまま作るものにでてしまうから、
おいしい朝ごはん作りは、なにがあっても大丈夫!というお山からの声をきける、ありがたい機会となっています。
闇がこわいとちじこまってしまう
光のなかに長くいられない、と未来を心配している方がいたら、どうぞ、シャスタ山へいらしてください。
なんでも、OK, 大丈夫、そんな声が聞こえてくるところです。
コスモス 宇宙は、壮大な闇のなかに、星たちは、光っていませんか?

stoneybrookinn at 03:50│Comments(0)│
